人生の後半戦、「愉しむ」ことだけに集中してみた

死ぬのも楽しみ

精神科医の和田秀樹氏が、こんなことを言っています。「やり残したこと」と「好きなことだけして生きること」、どちらを選ぶべきか——と。

私がこれを読んで最初に思ったのは、「そもそもこの二つ、別物じゃなかったんだ」ということでした。

多くの人は「やり残したこと」を、片づけられなかった仕事や果たせなかった義務だと思っています。でも和田氏の見方はちょっと違います。一番やり残しているのは、好きなことを自由に楽しむ生活そのものじゃないか、と。言われてみると、確かにそうです。若いころから「しなければならないこと」を優先してきた結果、「自分が何をしたいか」は、ずっと後回しにしてきた気がします。

和田氏はさらにこう言います。「やり残したことをやろう」と構えた途端、人は焦り始める。残り時間を計算して、完成させなければと急く。それでは人生の終盤になっても締め切りに追われるだけだ、と。対して「好きなことだけして生きよう」と決めれば、不思議と焦りが消える。完成しなくてもいい、途中で人生が終わっても、やりたいことをやっていたならそれで十分だ——という考え方です。

この考え方に、私はもう一つ加えたいことがあります。

好きなことをするとき、「達成」を目的にしないということです。好きなことであっても、「うまくなりたい」「完成させたい」「誰かに認められたい」という気持ちが出てくると、それはまた別の義務になってしまいます。

大事なのは、プロセスを「愉しむ」こと。「楽しむ」ではなく「愉しむ」です。この一字の違いに、私はけっこうこだわっています。何かをしている最中の、その時間そのものに豊かさを見出す感覚。絵を描いているなら筆を動かしているその瞬間を、旅をしているなら車窓が流れるその間を——完成や到着ではなく、「やっている最中」に充足感がある、そういう状態です。

もちろん、好きなことを優先すると「自分勝手では」と気になる人もいるでしょう。和田氏はそこも正直に言っています。「あいつは勝手なやつだったけど、幸せそうだったな」と言われるくらいでいい、と。それくらいの割り切りが、後悔しない人生の締め方につながるのだと思います。

人生の後半戦、達成を目指すより、愉しみ続けることに集中してみる。一度、そういう視点で自分の時間の使い方を見直してみてください。

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