『自由に生きる(プラユキ・ナラテボー著)』よりの学び

タイの森林僧院と日本を往復して活躍する日本人上座仏教僧プラユキ・ナラテボー師が書いた『自由に生きる: よき縁となし、よき縁となる。抜苦与楽の実践哲学』は、ブッダの教えを知るには格好の入門書になるかも知れません。

苦から知恵に変える

ブッダは、「苦」とは「無自覚であることに基づいた行いにより生じる」ものであり、種々の「執着」が「苦」であるというのです。

この「行い」は主に「考える」という行いにあると言えます。

なにか嫌なことが生じた、その生じたっ結果自体について「あーでもないこーでもない」とか「あー嫌だどうしよう!あー嫌だ困ったなあ!」とか、あれこれ考えることが「苦」を引き起こすというのです。

生じたという結果自体にとらわれるのではなく、何が生じているのかを客観的に分析して、より良い問題解決策を考えて「悪い結果からよき対処へ」という知恵を得ることが「苦」から解放されるということらしい。

なんだか認知行動療法に似ていますね!

ブッダの教えとは?

ブッダが「諸行は苦なり」ということばで本当に伝えたかったことは、一般にに訳されている「一切皆苦」という言葉から連想された「すべては苦である」というようなことではないのだといいます。

ブッダのいう苦とは、物事をありのままに見ることがないこと(無明)から生じるものだそうです。

そして、

・苦は見るものである
・苦は原因のあるものである
・苦は滅することができるものである
・苦は滅する方法があるものである

ということがブッダの苦に対する考え方のようなのです。

生きている限りは病気にもなるし、怪我をすることもあるかも知れません。

人との関係で悩みこむこともあるでしょう。

これらを避けることはできません。

そういった苦を苦痛だ!苦痛だ!嫌だ!嫌だ!とただ悩み続ける必要はないと言うのです。

苦痛になっている結果に悩み続けるのではなく、結果を生じさせた成り立ちをありのままに観察して原因に対応することで、苦から自由になれるのだとしています。

そして、苦から学んで、それを糧として新たな成長を達成できるという可能性に希望を見出すのです。

僕流の解釈では、

・対処可能なものに誠意と平静さを持って粛々と対処行動を行うこと
・対処不能なものは受け入れること
・取り返しのつかない結果に至る行動を一度は反省するが繰り返しクヨクヨ後悔はしない
・失敗から学んで成長する

といったところでしょうか?

苦の種類を理解する

ブッダは、苦には大きく分けて3つの種類があるとしています。

それは「苦苦」「壊苦」「行苦」の3つです。

「苦苦」は、身体的な苦痛、例えば痛みなどです。

「壊苦」は、快感や楽しみをを失う喪失の苦しみです。

「行苦」は、思い通りにいかないときに生じる苦悩です。

この3つの苦のうち、後ろの2つは対人関係療法での「喪失への不適応」「役割期待(他人への期待と自分の役割の変化)への問題」というものに似ていますね。

今の苦悩が、これらのどれに当てはまるのかを自己分析することだけでも、苦をありのままに見ることに役立つのではないでしょうか。

この苦をありのままに見る方法については、認知行動療法の下向き矢印方をベースにした方法ですが、別の機会に書くことにします。
m(_ _)m

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